熊本地方裁判所 昭和37年(行)8号 判決 1965年10月20日
原告 戸上六二郎
被告 国
訴訟代理人 広木重喜 外六名
主文
原告の請求を棄却する。
訟訴費用は原告の負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、原告は昭和二六年当時郵政事務官として熊本郵便局貯金課に勤務していたこと、被告国は原告を昭和二六年三月二七日国家公務員法第七八条第三号の「その官職に必要な適格性を欠く」者に該当するとして免職処分にしたことは当事者間に争がない。
二、原告は右免職処分には重大且つ明白な瑕疵があるので無効であると主張するのに対し、被告はたとえ本件処分に原告主張の如き瑕疵があつたとしても原告の本訴請求はいわゆる権利失効の原則により許されないと抗争するので判断する。
証人上田三千年の証言により真正に成立したと認める乙第五五号証の一、二、証人吉瀬幸雄の証言並びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告は本件免職処分後間もない昭和二六年四月二一日、退職金三万五〇〇〇円を受領したものであるが、その際領収証に当初は右金員は生活資金の一部として受領する旨を記載したが、当時の熊本郵便局厚生課主事吉瀬幸雄よりそのような内容の領収証では退職金を交付しない旨申し渡されたため、原告は領収証の記載内容を退職手当として受領する旨に書きあらためた上で退職金の交付をうけたこと。
その後原告は本件免職処分から約一一年間を経過した昭和三七年五月三一日の本訴提起日(このことは本件記録上明白である。)迄本件免職処分に対し国家公務員法第九〇条に規定する不服申立や、本件の如き無効確認請求等の訴訟を提起したり又は復職要求をなすなど本件処分の効力を争うような態度を示してしないこと。
を認めることができ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
原告は本訴提起がおくれたのは、本件処分が我国の連合国による占領時代になされたもので、占領下に原告が右処分の無効を主張しても国は連合国の権威を不当に援用して原告の請求を排斥することは明らかであるため、我国が占領時代を脱し占領時代の違法処分が救済される見込が認められるに至つた昭和三七年頃本訴を提起したのであるから原告は不当に長い間権利行使を怠つていたものではない。と主張する。しかし仮りに原告の意図が右の如き有効適切な訴訟提起の時期の到来を待つて本件免職処分の効力を争うつもりであつたとしても、その内心の意図は前叙のように退職金受領の際にも又その後本訴提起に至る迄の間の如何なる時期においても、当局に対する関係で何ら表示されていないのであるから、被告が前認定のような原告の態度から、原告との雇傭関係は終了したものとしてその前提のもとに事業を運営し新しい事実関係並びに法律関係を形成する一方もはや免職処分の効力を争われることはないものと信ずるに至つたとしてもそれは至極当然のことであつて、右の如き一切の関係を約一一年間という長年月を経過した後に本件処分の無効を主張して一挙に覆えそうとするのは、たとえ本件免職処分に原告等主張の如き瑕疵があつたとしてもそれは権利行使の方法が余りに恣意的であり信義則に反するものといわなければならない。
(原告は民法第一二六条に取消権の除斥期間として二〇年間が規定されていることを以て本件では未だ権利失効するに至る程の期間を経過したものとはいえないと主張しているが、公務員の勤務関係が国民全体の奉仕者として公共の利益に重大な関係があることに鑑みれば早急な安定を強く要求せられることは当然でこのことからしても原告の右の如き主張は採用することができない。)
従つていわゆる失効の原則により原告は本訴においてもはや免職処分の無効を主張することが許されないというべきである(このいわゆる「権利失効の原則」自体はつとに最高裁判所の承認するところである。)
そこで本訴請求はその余の判断をする迄もなく理由がないでこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 蓑田速夫 徳本サダ子 木下重康)